ヴィヴァルディの「四季」と言えば「イ・ムジチ」、「イ・ムジチ」と言えば「四季」と言われるほど、この両者の結びつきは長くて強い。そんなイ・ムジチ合奏団のコンサートに先日行ってきた。
2013年10月20日 、会場は横浜みなとみらいホールである。

 

今回のコンサートのチラシ
I_MUSICI_今回のコンサートのチラシ

かつて、イ・ムジチ合奏団は、この「四季」でクラシック部門のレコード売上げで、何か月にも亘りトップであり続けたことがある。その脅威のセールスは、今もなお永遠のベストセラーとして語り継がれている。我が国に「四季」ブームを巻き起こしたのも、このイ・ムジチ合奏団だったし、ヴィヴァルディという作曲家をバッハに匹敵するほどメジャーにしたのもイ・ムジチ合奏団だった。当然、現在と当時ではメンバー構成等が異なっているだろうが、彼らの「イ・ムジチ」としての伝統は、確実に受け継がれていると、当日の演奏を聴いて感じることができた。

そのむかし、中学生か高校生くらいの頃、彼らのベストセラーを何度も聴きこみ、レコード盤が悲惨な状態になったことがあった。そんな当時の苦い出来事や様々な思いが、今回演奏を聴き甦ってきた。
遠く40年以上前の話である。

 

1989年9月収録のイ・ムジチ合奏団「四季」 ソロはフェデリコ・アゴスティーニ(VHSテープ)
1989年9月収録のイ・ムジチ合奏団「四季」
ソロはフェデリコ・アゴスティーニ(VHSテープ)

その当時、ヴィヴァルディの音楽は、同じバロック時代とはいえ、バッハの音楽とは明らかに違っていることに、未熟ながら私は気付いていた。それは、わたしのチョッとした自慢である。だが、それがイタリアとドイツというお国柄の違いからくるものなのか、あるいは世俗社会と教会という身分的な要素に起因するものなのかまでは、考えは及ばなかった。
ただ、あの頃は名曲を片っ端から聴いていた頃。そうしたクラシック音楽の微妙な違いを、意識し始めるキッカケとなった音楽が、ヴィヴァルディの「四季」だったのかも知れない。

当時(中学か高校生の頃)は、曲を聴くときは作曲家の国柄を意識する程度で、その他のことは深くは考えられなかった。ただ、聴く機会を重ねてゆくと、その作曲家の曲調から、国や時代を大まかだが推察できるようになる。これが一つの喜びとなり、次から次と知らない曲を聴きたくなって行く。この衝動行為は音楽に限ったことではないと思うが、マニアへの導入部なのだろうと思う。

バッハは65歳の生涯で、現代で言うところの職場を転々と替えている。例えば、教会のオルガニストや宮廷楽師としてである。この事実は、クラシック音楽と表面的にしか接していない私としては、あまりに意外なことだった。ヴィヴァルディもバッハほどではないが替えている。彼の場合は「ピエタ慈善院付属音楽院」での教鞭が主だったが、若い頃は聖職者やヴァイオリン奏者、その後宮廷楽長などにも就いている。
何れにしても、この時代の音楽家はヴィヴァルディやバッハでさえ、ステップアップという意味合いもあったのだろうが、作曲だけではままならない社会的状況があったようだ。

ところで、この曲はヴィヴァルディの数あるヴァイオリン協奏曲集の「和声と創意の試み」と題された作品の第1集最初の4曲を切り離した形で演奏されることが通例になっている。コンサートの演目でもCDでも、独立した形で演奏、収録されることが多い。わたしたちが普段目にするCDなども、そうした形式で録音されているのがほとんどである。恐らくベートーヴェンの「運命」やメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲などに匹敵するほどに、数多くの「四季」のCDが、このような形式で現在まで発売されているはずである。

当日のイ・ムジチ合奏団の演奏は抑揚、緩急などメリハリがはっきりしていて実に歯切れの良い演奏だった。目を閉じて聴いていると四季それぞれの情景がテンポよく移り変わっていく様が見事だった。だが、意外にもこの「四季」という表題は、作曲者自身の命名ではないとのこと。
本来、描写音楽的に作られていたが、表題を付けるという慣習は、その当時はあまりなかったのかもしれない。恐らくヴィヴァルディの音楽が、当時としては先進的な試みだったのだろう。

当日のプログラムは、この「四季」をメインにヴィヴァルディの「2つのヴァイオリンとチェロのための協奏曲 (調和の霊感)より」と、コレッリの合奏協奏曲2曲で構成され、アンコールはなんと4曲もサービスしてくれた。そんなところにも彼らの誠実さが出ているように感じた。

横浜みなとみらいホール内 当日、途中休憩時の様子。 初めて舞台裏側の席を取ったが、音的にはほとんど問題なかった。
横浜みなとみらいホール内 当日、途中休憩時の様子。
初めて舞台裏側の席を取ったが、音的にはほとんど問題なかった。

今回のコンサートで一番の収穫は、同じバロックでありながらヴィヴァルディの音楽と、コレッリの音楽とは明らかに相違していることを、イ・ムジチ合奏団の演奏で明確に感じ取れたことだ。年代的にはコレッリの方が先輩格であり、ヴィヴァルディはコレッリやトレッリが確立しつつあった、合奏協奏曲という形式を発展させていくのだが、同時代で同じアンサンブルでありながら放たれる音、響きはまったく別物と感じとれた。明らかにヴィヴァルディの音楽の方が洗練されていることが判る。普段CDなどではBGM的に聞いているこの時代の音楽だが、コンサートでじっくり聴いてみると、こうした違いが良く判り新たな発見に繋がり興味深い。

ヴィヴァルディは聖職にありながら、前述したヴェネチアの女子孤児院(ピエタ慈善院付属音楽院)で、音楽指導をしていたという変わった経歴を持っている。彼の作品(合奏協奏曲や協奏曲)のほとんどは、この女子合奏団の演奏のために作曲されたと言われているが、そうした彼の経歴を知ると「なるほど」と頷けること然りである。そのため、彼の音楽が「男性的か女性的か」といえば、女性的と感じるのは当然のことで、こうした彼の経歴に由来すると知れば納得がいく。そういえば、当日の会場も7割方女性で埋め尽くされていたは、決して偶然ではないだろう。

因みに、ソロ・ヴァイオリンを担当しているアントニオ・アンセルミ(Antonio Anselmi)は、典型的なイタリア人で見るからに女性受けしそうな風貌。女性ファンが多いのではと思っていたら、案の定、帰りのサイン会では、ご婦人(?)たちの長蛇の列ができていた。あの風貌にあの躍動感溢れるヴァイオリンのテクニックが加われば、当然のことかも知れないが・・・