不動の名曲! I Remember Clifford
はじめに
それは「タカナカ、最高ですよ!」の唐突な一言だった。その日、一年後輩の新人Nくんが、職場内でボクに向かって発した第一声だった。新人らしからぬ、臆することのない彼の言動は、チョッとカチンとくるところがあったが、ある部分で自分と通ずるところもあり、親近感も感じていた。
そんな彼がある日、タカナカの新譜「BRASILIAN SKIES」がリリースされたことをボクに伝えに来たのだった。
さて、上記の「タカナカ」とは、かつてシティーポップの雄と囁かれた、サディスティック・ミカ・バンドのギタリスト「高中正義」のことである。実はこの時までボクは、バンドのことは承知していたが高中正義までは知らなかった。新人N君がボクに奨めてきたのが、高中の4thアルバム「BRASILIAN SKIES」だった。普段なら、そんな新人くんのアドバイスは適当に聞いていたハズだが、何故かその時だけは、彼の言葉を信じアルバム購入まで至ったのである。余談だが、ボクはこんな時、「運命的な出会いだ」的ストーリーを勝手に頭に描いて、信じてしまうことがよくある。結果的に、そのアルバムがボク好みだったりしたら尚のこと、「これは神様の導きだから」なんて思ってしまうのだ。
かと言って、宗教はまったく信じない、単なるご都合主義者なのだが・・・

当時は、アルバムタイトル曲の『BRASILIAN SKIES』よりも一曲目の『BELEZA PULA』の方がお気に入りだった。カセット録音して車でこの曲ばかり聴いていた記憶がある。サンバのリズムが心地よくてクセになっていた。
さて、そんな高中正義だが、最近はヨーロッパを中心に、タカナカブームが巻き起こっているとのこと。それとは知らず、最近の私に於いては高中正義とアール・クルーがマイブームになっていて、アップルの「ミュージック」で連日聴きまくっているところだった。
そんな矢先、ある曲が耳に留まった。アルバム4曲目の『I Remember Clifford』だ。
アルバム購入時はほとんどスルーしていたナンバーだったが、ジャズの世界では名曲中の名曲。当時ジャズではビギナーだったボクには、この曲の良さが分からず、心に響かなかったのだろう。(注1)
そんな訳で、今回は高中正義が1978年時点で、こんなジャズの名曲を採り上げていた事に感動し、『I Remember Clifford(クリフォードの思い出)』について触れたいと思う。
「I Remember Clifford」とはどんな曲なのか
『I Remember Clifford』は、ジャズ史に燦然と輝く名バラードの一つだ。1956年、サックス奏者であり作曲家でもあるベニー・ゴルソンが、親友で天才トランペッターのクリフォード・ブラウンを追悼するために書き上げた曲。ブラウンは交通事故によって25歳という若さでこの世を去り、その突然の死はジャズ界に大きな衝撃を与えた。実は、冒頭で触れた高中の『BRASILIAN SKIES』のLPインナースリーブ(解説)には、ベニー・ゴルソンではなく相棒のマックス・ローチの作曲とあるのだが、これは誤りである。
ゴルソンは深い悲しみを胸に、友人への敬愛と感謝、そして「その音楽を永遠に忘れない」という思いを込め作曲したという。
タイトルの「Remember(忘れない、心に刻む)」には、単なる追憶ではなく、偉大な音楽家の魂を未来へ語り継ぐという強い願いと意志が込められているようだ。
そのため、邦題の「クリフォードの思い出」では、幾分インパクトに欠けると感じるが、かと言ってボクにもそれ以上の名タイトルは思いつかないので、現状維持としておこう(笑)。
美しくも切ない旋律は、悲しみだけではなく優しい温もりも感じさせ、多くの演奏家によって今尚、曲に込められた想いは受け継がれている。
その普遍的な魅力こそが、『I Remember Clifford』というナンバーが、時代を超えて愛され続ける理由なのだろう。

クリフォード・ブラウンという天才トランペッター
ところで、『I Remember Clifford』の主人公クリフォード・ブラウンとは、どんなジャズミュージシャンだったのだろうか。
クリフォード・ブラウンは、ハード・バップ黄金期を代表する天才トランペッターだ。1945年にデビューすると、卓越したテクニックと温かく伸びやかな音色で瞬く間に注目を集めた。わずか25年という短い生涯でしたが、その演奏は今なおジャズ・トランペットの理想形と称えられるほどだ。
こうした不運のエピソードを知ったとき、ボクはいつも「どうしてこの人が」と思い、そして運命の皮肉を感じてしまう。
彼が多くのジャズメンから愛された理由は、優れた演奏テクニックだけではない。誠実で謙虚な人柄でも知られ、仲間からの信頼は厚く、若手ミュージシャンの憧れの存在でもあったからだ(彼自身も充分若かったのに)。ジャズミュージシャンと言うと、とかく酒や薬物を連想しがちだが、それらに頼らない真摯な姿勢は、当時のジャズ界では特に高く評価された。
しかし1956年6月、演奏旅行中の自動車事故によって突然この世を去る。その訃報は当時のジャズ界に大きな衝撃を与え、多くの音楽家が深い悲しみに包まれた。ベニー・ゴルソンが追悼の意を込め『I Remember Clifford』を作曲したのも、この惜しまれながら散った若き才能を、永遠に語り継ぎたいという強い思いからだったと言われている。
なぜ「I Remember Clifford」は人の心を揺さぶるのか
例えば、「ミスティー」「オータムリーブス」「ジャンゴ」「黒いオルフェ」等々。
ジャズには、皆さんもご存知のように、ゆったりとした哀愁の旋律を持つ名バラードが、数えきれないほどある。
その中でも『I Remember Clifford』が多くの人の心を揺さぶる理由は、その美しいメロディにあることは確かだ。追悼曲でありながら、ただ悲しみを表現するだけではなく、故人への感謝や敬愛、そして未来への希望までも感じさせる旋律が、聴く人の心に深く響くからだ。だからこそ、世代や国境を越えて愛され続けているのだろう。
また、この曲は親しみやすいメロディラインを持っているため、ジャズ初心者にも受け入れやすい作品だと言える。一方で、演奏者によってテンポやフレージング、音色が大きく変わるため、聴き比べる楽しさも魅力だろう。力強く情熱的に演奏する人もいれば、静かに語りかけるように奏でる人もいる。
本来、ジャズの醍醐味はアドリブ、即興(インプロヴィゼーション)にあると言われるが、ボクの個人的な意見としては、この曲に限ってはアドリブ等は不要だと思う。数多のジャズスタンダードの一曲に、この曲を位置づけることはあっても、トリビュートの意味合いがある限り、メロディを重視した正統派(オーソドックス)の演奏であって欲しいとボクは願っている。幸にして、ボクが知る限りの『I Remember Clifford』は、どの演奏家もメロディラインを尊重した演奏スタイルになっていることが誇らしい。
何れにしても、自由な演奏が信条のジャズ界にあって、多くのミュージシャンが一定の制限(規律)を守って演奏している事実が信じられない。
『I Remember Clifford』がジャズ史に残る名曲として、多くの演奏家に受け継がれ、今なお人々の心を魅了し続けているのは、そんなところからも窺うことが出来る。
ぜひ聴いてほしい名演5選
次に挙げる演奏は、数ある『I Remember Clifford』の名演奏の極々一部の作品だが、誰もが認める歴史的名演奏だと思う。YouYubeを検索すれば、多くのジャズミュージシャンの演奏を視聴できるハズだ。トランペット、サックス、ピアノ、ボーカルと演奏スタイルは多彩だが、どれも甲乙つけ難い傑作揃いである。
ボクの拙いコメントはお節介の何者でもないので省略するが、ぜひ聴き比べていただきたい5曲である。
ベニー・ゴルソン本人による演奏
リー・モーガンが奏でる若き情熱
アート・ファーマーの温かな音色
ヘレン・メリルの哀愁のため息
エディー・ヒギンズによる正統なピアノ演奏
上記の他にも『I Remember Clifford』には名演奏が多くある。例えば、アップベルのトランペットでお馴染みのディジー・ガレスピーのビッグバンド・セッションやカーメン・マクレエのボーカル物、そしてキース・ジャレットの透き通るピアノ演奏も捨てがたい演奏だ。この曲を演奏するすべてのミュージシャンがクリフォード・ブラウンへの哀悼の意と、この曲の作曲家であるベニー・ゴルソンへの敬意を込めていて、それはまるで一つの会場で黙祷をしているような一体感と、事前打ち合わせをしたかのような、メロディー重視の演奏スタイルになっているのが実に驚きだ。
最後に
「はじめに」で触れたように、高中正義のアルバム『BRASILIAN SKIES』には、今回採り上げた曲『I Remember Clifford』が収録されている。
彼の演奏は、上記で挙げたジャズミュージシャンの5選の演奏とは、趣はまったく異なるが、ボクとしては高中正義の中でも大好きな演奏の一つになっている。ジャズのスタンダードナンバーに挑戦という気負ったところはなく、リラックスした雰囲気が心地良い。このナンバーのギターによる演奏もユニークだが、決して不自然ではない。寧ろ、ボクは新鮮さを感じるほどで、それでいて前述した「トリビュートの意味合いと、メロディを重視」という私の身勝手な要望は満たしてくれている。『BRASILIAN SKIES』というアルバムは、タイトルから連想されるようにサンバのリズムとトロピカルな曲で構成されているが、4曲目に『I Remember Clifford』のバラード曲を置くことで、アルバム全体のバランスが良くなった気がする。1978年という段階で、高中正義が『I Remember Clifford』を選曲したこと、そしてその音楽的センスの素晴らしさに改めて脱帽である。
最後までお読み頂きありがとうございました。
from_JDA
※(本文中の敬称は省略させていただきました)
(注1):「はじめに」で触れたように1978年当時は、この『I Remember Clifford』はボクにとっては場外の音楽でした。その大半の理由は「音楽と年齢の関係」、つまり「この曲を理解する年齢に達していなかった」と言うことだと思っています。この辺の問題について、筆者の別ブログで取り上げていますので、宜しかったらそちらも是非お読みください。
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