30年前の映画音楽が何故いま・・・?

30年前の映画音楽が何故いま・・・?

2020.07.17 公開
2020.09.09 更新

ここ数年クラシック界では興味深い現象がおきています。
まあ、それほど大袈裟なことではないのかもしれませんが、或いはわたしだけが感じていることなのかもしれません。
それは、「シンドラーのリスト」という30年近く前の映画音楽が最近注目されていることです。クラシック界のアーチスト、それもかなりメジャーなアーチストたちがCDアルバムに収録したり、ユーチューブに公開しているのです。
ユーチューブ上で「シンドラーのリスト」で検索すればコンテンツを簡単に見つけることができます。

<サウンドトラック盤>このアルバムではイツァック・パールマンが演奏しています。
<サウンドトラック盤>このアルバムではイツァック・パールマンが演奏しています。

オリジナルのサントラ盤ではクラシックヴァイオリン界の名手イツァック・パールマンがジャンルの垣根を超えて演奏していることからして、当時の製作陣の力の入れが容易に想像できます。
しかし、当時は映画としての評価が先行して、テーマ音楽への関心は今ひとつだったのかもしれません。

 

ところが近年になって、俄かにその音楽の素晴らしさが注目されるようになった。「30年ほど前の映画音楽が何故いま?」という素朴な疑問が気になります。

そこで、わたし独自の見解です。それは2014年の冬季オリンピック「ソチ大会」まで遡ります。このときロシアのあるフィギュアスケート選手がこの曲「シンドラーのリスト」メインテーマをバックに演技し金メダルを取った記録があります。その選手の名はユリア・リプニツカヤ。

氷上のユリア・リプニツカヤ
氷上のユリア・リプニツカヤ

このときの彼女の演技とバックに流れた曲の素晴らしさ、そして感動が話題となり、これをキッカケに「シンドラーのリスト」メインテーマは蘇り、現在に至っているというのがわたしの推理分析です。

ニコラ・ベネデッティ 2005から2013年に録音した彼女のベスト盤 「シンドラーのリスト」は2012年の録音
ニコラ・ベネデッティ 2005から2013年に録音した彼女のベスト盤 「シンドラーのリスト」は2012年の録音

 

ジャニーヌ・ヤンセン 9曲目に収録されています。 録音は2003年
ジャニーヌ・ヤンセン 9曲目に収録されています。 録音は2003年

ところで、音楽の世界ではカヴァー(cover)という分野があります。過去の曲を別の演奏者、歌手がアレンジを変えて新たな解釈で演奏するというものです。カヴァー曲がオリジナル曲を飛び越えて、ヒットした成功例はこれまでに洋の東西を問わずいくつもあります。

例えば、映画「ボディーガード」の主題曲「オールウェイズ・ラブ・ユー」は元々はカントリー歌手のドリー・パートンが作詞作曲し自ら歌いある程度のヒット曲にはなりましたが、ときの流れとともにそのナンバーは人々の記憶から忘れ去られていきます。それをホイットニー・ヒューストンが映画「ボディーガード」のなかで歌いカヴァー曲としてのビッグヒットとなりました。

或いは別の形態として、「スタンド・バイ・ミー」やクイーンの「ウィ・ウィル・ロック・ユー」などオリジナル曲をそのまま使い、CMソングに採用されたことで更に多くの人に知られるようになった曲など、過去に埋もれていた曲が復活したケースは多々ある訳です。(最近は曲が使い捨て傾向にあると感じている私としては、こうした傾向は大歓迎です)
こうしたリバイバル現象に似たことが、今回取りあげる「シンドラーのリスト」メインテーマにもあったのではと感じています。

アンネ=ゾフィ・ムター 2015年10月発売のアルバム 16曲目(最終曲)に収録されている。
アンネ=ゾフィ・ムター 2015年10月発売のアルバム 16曲目(最終曲)に収録されている。

 

アンネ=ゾフィ・ムター
彼女にいたっては上記のアルバムとは別バージョンで
もう一枚アルバムを出している。

2019年9月発売 こちらも12曲目(最終曲)に収録されている。
2019年9月発売 こちらも12曲目(最終曲)に収録されている。

 

映画「シンドラーのリスト」はホロコーストを扱った戦争映画で、史実に基づくドキュメンタリー性が強くマニアックだったために、映画を観る対象者が限定的だった。つまりテーマ音楽を聞いてもらえる人が少なかったのではないかということです。

その裏付けとして、1993年の映画興行成績では「シンドラーのリスト」は同年1位の「ジェラシックパーク」の3分の一にも満たなかったそうです。映画を観た人たちには映画の感動とともに曲の印象もそれなりにあったのでしょうが、それでもアピールできたのは映画を観た人に止まった訳です。
ところが、冬期オリンピックの舞台で披露されたことにより、全世界に向けてこの楽曲は発信された訳です。その差は歴然だったと思います。
オリンピック会場に集った観客、テレビ観戦していた世界中の人たち、その中にクラシック界のアーチストがいてもおかしくありません。

恐らく、そうしたアーチストたちの関心と共感を得たのではないかというのが私の推測です。
先述した「何故いまシンドラーのリストなのか?」という疑問に対する回答は、こうした流れにより、あのユリア・リプニツカヤのオリンピック以降、現在完了(進行)形で評価、演奏され続けてきたからというのがわたしの結論です。

いずれにしても、原曲が素晴らしくなければ、本来カヴァーの対象にもならないし、CMソングとしても採用されないというのは当たり前のことです。そこに再評価などありえない訳です。
リプニツカヤの素晴らしい氷上の演技とジョン・ウィリアムスのどこまでも美しい旋律が、「シンドラーのリスト」メインテーマを現在に蘇らせたのです。

女性トランペッター アンドレア・モティス「EMOTIONAL DANCE」に注目

女性トランペッター アンドレア・モティス「EMOTIONAL DANCE」に注目

2017.05.03 公開
2020.09.06 更新

<第2回>
アルバム「Emotional Dance エモーショナル・ダンス」
女性トランぺッター&シンガー、アンドレア・モティス

今回ご紹介するのはアンドレア・モティスという女性トランぺッター&シンガーです。
その多才さから女性チェット・ベイカーなんて例えられているようですが、こう言った例え方は、実のところわたしは好きではありません。

とは言うものの、そんなキャッチフレーズのお陰で目を惹き、アンドレア・モティスを知ることができたのですから情けない話ですが感謝もしているのです。

確かに、こうした誰もが知っている有名人に例えてもらうと、理解し易いし伝達力も増します。
宣伝としてはもっとも効果的手法だと思います。

反面、固定観念に縛られ
ただ、わたしが懸念するのは、例える側も例えられる側も互いに迷惑ではないかということです。
ご存知の通り、アーチスト、なかでもミュージシャンという人種は個性を大切にする人たちですから、真似されたり、例えられることに対しては、人一倍神経質で、忌み嫌うのではないかと想像できるからです。

でも、今回のケースは、例えられる側のチェット・ベイカーはすでに故人で、こうした事実を知る由もないでしょうし、アンドレア・モティスの方は、偉大なトランペッターに例えてもらったのですから光栄でしょう。
と想像できます。

では、本来のアルバム「Emotional Dance」評を始めることとします。

アンドレア・モティス「EMOTIONAL DANCE」
アンドレア・モティス「EMOTIONAL DANCE」

かつては、肺活量など体力的にサックスやトランペットは女性には難しいだろうといった風潮があったように思います。
昨今のレディースはそんな金管楽器をガンガン吹きまくっているようで、何とも逞しいの一言です。
今ではクラシックやジャズ界など音楽シーンで活躍している女性サックスプレイヤーや女性トランペッターは珍しい存在ではありません。
音楽シーンに限らず、スポーツ界はじめ今やどの分野でも女性の勢いが止まらない時代なんですね。

さて、今回紹介するアンドレア・モティスもそんな逞しい女性のひとりなんですが、ジャケット写真などを見る限りでは、身体も小柄で表情はまだまだあどけない。
それでいてあのパワーは一体どこからくるのか?
いずれにしても、彼女のように実力をともなった女性プレイヤーなら大いに歓迎です。

<アルバム収録曲>
01 He’s Funny That Way 4:50
02 I Didn’t Tell Them Why 2:30
03 Matilda 6:52
04 Chega De Saudade 5:48
05 If You Give Them More Than You Can 4:05
06 Never Will I Marry 3:19
07 Emotional Dance 4:33
08 You’d Be So Nice To Come Home To 4:23
09 La Gavina 4:46
10 Baby Girl 4:23
11 Save The Orangutan 4:00
12 I Remember You 4:32
13 Señor Blues 3:49
14 Louisiana O Els Camps De Coto 4:33

ビリー・ホリデイの十八番である「He’s Funny That Way」ではじまるこのアルバムは、ジャズのスタンダードナンバーと彼女のオリジナル曲で構成されています。
スタンダードもソツなくこなしますが、驚いたのは彼女の作曲のセンスなんです。
21才とは思えない大人の音楽を作曲できて、尚且つ背伸びすることなく演奏し歌いこなしています。
なかでも、7曲目のアルバムタイトル曲「Emotional Dance」は「これ、彼女のオリジナルなの?」と疑いたくなるような完成度の高い曲で印象的です。

スタンダードの中ではビクター・シャーツィンガーとジョニー・マーサーの名曲
「I Remember You」が12曲目に入っていますが、これがイチ押しのお薦めです。

なるほど、IMPULSE(インパルス)が今一番期待する新星であることが、このアルバムを聴くと納得できます。
どうやら、アンドレア・モティスは単なるカワイ子ちゃんプレイヤーに留まず、持前の洗練されたセンスと確かな実力を兼ね備えた逸材であることは確かなようです。
(アルバム評)

はじめから終わりまでご機嫌なアルバム、リチャード・エリオットの「SUMMER MADNESS」

はじめから終わりまでご機嫌なアルバム

リチャード・エリオットの「SUMMER MADNESS」

2017.04.23 公開
2020.09.06 更新

<第1回>
Richard Elliot リチャード・エリオット
SUMMER MADNESS

アルバム「SUMMER MADNESS」ジャケット
アルバム「SUMMER MADNESS」ジャケット

01. Cachaca 4:03
02. Breakin’ It Down 4:19
03. Europa (Earth’s Cry Heaven’s Smile) 4:22
04. West Coast Jam 3:59
05. Harry The Hipster 4:31
06. Slam-O-Rama 4:26
07. Back To You 4:44
08. Ludicrous Speed 5:11
09. Summer Madness 4:08
10. Mr. Nate’s Wild Ride 4:27

かつてのフュージョン全盛の70年代、本来(?)のジャズをそっち退けでボブ・ジェームスやリー・リトナー、そしてアール・クルーなどフュージョン系ミュージシャンの曲を無我夢中で聴いていたあの時代。
そう、あの頃は音楽界はフュージョン(クロスオーバーとも呼ばれた)一色だった。
なんたって、あのマイルス・デイヴィスでさえフュージョンに傾倒していったのですから・・・

そんな異常なほどのフュージョンブームも何時からか巷では影を潜め、やがて私の意識からも完全にデリートされていった。
こうしてみると、流行というものにはみんなが同じように盛り上がり、同じように一斉に去ってゆくという、ある意味、儚さと恐ろしささえ感じる。
だが、ここではそんな人間性について云々するつもりは毛頭ないのだが・・・

前置きが長くなりましたが、ここでお話ししたいのはリチャード・エリオットというイギリス出身のサックス・プレイヤーのアルバム「SUMMER MADNESS」について。
まさに、フージョンの生き残り的アーチスト、未だ頑張っていますといったところか。一言で言って、タイトル通りの真夏を感じさせる熱くノリの良いご機嫌なアルバムだ。

実を言うと、このアルバム、入手するまでに相当時間がかかった。
アルバムを知ったのはまったくの偶然。
リチャード・エリオットというサックスプレイヤーについても、お恥ずかしい話だがそのときまでまったく知らなかった。

CDジャケットに載っていたリチャード・エリオット

何が私を突き動かしたのか?
そう、ネットショッピングの「この商品を買った人はこんな商品も買っています」の項目。まんまとコマーシャルベースにハマった次第。いわゆる「ジャケ買い」だったのだ。

そこまではよかった。しかし、某オンラインサイトに注文してから忍耐の日々が続くこととなる。
注文から入荷予定日まである程度の日数があったが、それでも予定日になっても一向に届かず。
更には「当初の入荷予定日が延びました」「再延長」といった内容のメールが数回届き、挙げ句の果てには「入手困難」なんて通知まで来た次第。

しかしながら、ショップ側からの廃盤の知らせやキャンセル扱いはなく、何時まで待たされることやらと困惑していたところ、アマゾンのサイトで「在庫1件あり」の表示を発見。
早速、先方をキャンセルしアマゾンに注文。さすがアマゾン& ヤマト運輸、それから数日で届くことに。
あの数ヶ月は何だったのでしょうか?

そんなわけで入手には苦労したものの何とか入手に成功。
果たしてお馴染みの「ジャケ買い」は正解かどうかが次なる問題。
でも、苦労の甲斐あって届いたCDは文句なしのご機嫌なアルバムだった。

前述のとおりリチャード・エリオットについてはまったくの未知数だったが、その後調べてみると、どうやらフュージョン系のプレイヤーのようで、いまの時代を生き延びていることが意外だったが彼の演奏を聴いてすぐに納得した。彼のサックスは以前のフュージョンとはまったく異質のサウンドだったからだ。
当時のフュージョン系のものは、ジャズへの対抗意識が強かったからか、どことなく肩肘張った不自然さがあったように思う。「ジャズとは異質のサウンドを創らなければ」と、個々のプレイヤーが意識し過ぎていたのではないか。

最近のフュージョンはジャズのスピンオフとしての位置づけではなくて、完全にジャズの一演奏形態と化したと言えなくもない。
言い換えれば、私たちが音楽(特にジャズ)に対してジャンルを意識しない、寛容な耳を持つようになったということなのかも知れない。

アルバムの中でのお薦めのナンバーは、何と言ってもアルバムのタイトルにもなっている「SUMMER MADNESS」だろう。
最初にこの曲を聴いて思い出したのが日本のMALTAがその昔リリースしたアルバム「Summer Dreamin’」の中の曲「A Letter from September」だ。

この曲は楽しかった夏が終わり、そのほろ苦い思い出を懐かしむ、そんな主人公の心情が想像できるバラードだが、この二つの曲は、夏の終わりの名残惜しさ、物悲しさが見事に表現されているという点では絶品である。

MALTAの「A Letter from September」が入った
アルバム「Summer Dreamin’」

しかしながら、何と言っても泣かせてくれるのがアルバム3曲目の『Europa』、そう、ご存知あのサンタナの名曲「哀愁のヨーロッパ」のカバーだ。
以前、別のブログの「音楽 聴き比べ」と言うコーナーでこの曲を採り上げたが、その時はまだこのCDはなかった(わたしの意識の中にもCDライブラリーにも)から、当然そこでは触れていない。
今なら、数あるカバーの中で、最も哀愁を帯びた演奏はこのリチャード・エリオットの『Europa』であると断言できる。
ある意味、オリジナルのサンタナの演奏を上回る刹那さを感じさせてくれるからだ。

上記2曲を除くと、アップテンポでノリの良い楽曲がほとんどだが、ギラギラ太陽の躍動感溢れる夏と去りゆく夏の哀愁を同時に味わえる、魅力的で完成度の高いアルバムである。

アルバム「SUMMER MADNESS」ジャケット裏面

かつてサンタナのギターは「泣きのギター」と称されていたが、リチャード・エリオットのサックスもまた「泣きのサックス」の形容が相応しいだろう。
最近では珍しい、全体的にまとまった聴きごたえのある一枚、必聴盤である。
思い切り泣きたい方は絶対買いですよ。

PC リサイクルマークを知ってますか?




こんにちは
実は、今回のこの投稿はなんと二年半ぶりです。
その間何をしていたかって?

公私ともどもいろいろありまして・・・
なんて言いたいところですが、単なる怠慢。
まあ、正直なところ半々と言ったところでしょうか(笑)
いずれにしても月日の経つのは速いものです。

WordPressもその間いくつかバージョンを重ね、WordPress4.x.xからWordPress5.x.xへと大幅なバージョンアップをしたようで、エディタの大きな変更にはビックリ。

そんな前置きはさておき、本題に・・・
今回取り上げるのは「PC リサイクルマーク」についてです。

PCリサイクルマーク
図1 PCリサイクルマークが印刷された封筒

 

先ずはPCリサイクルマークの全般について簡単に触れておきたいと思います。

パソコンやその周辺機器、ディスプレイなどの裏面や側面など目立たないところに貼ってあるという図1デザインのマークです。
このマークがあると廃棄等の際にメーカーや家電量販店(指定の)がPCやディスプレイを無料で引き取ってくれるというもの。
確か、2003年にPCリサイクル法という法律が施行され、それ以降に販売されるPC機器にはこのマークを貼ることが義務付けられたと記憶しています。
その背景には当然「限られた資源を大切にしよう」と言うメッセージがあった訳ですが、この件に関してネット等で調べてみると当時は必ずしも徹底されていなかったようです。

さらに、もう一点ハッキリしないのが費用負担の問題です。
つまり将来の廃棄の時点でかかる回収費用を事前にメーカーが負担するのか、購入者が負担するのかという疑問です。
廃棄回収にかかる費用が商品価格に上乗せされ、わたしたち消費者が購入の際その費用を前払いしていたのかどうか。
実は、この辺りのことに触れている記事を見かけたことがないので断定はできないのですが、いずれにしてもメーカーは回収作業にもっと積極的であってほしいと思います。

そんな中途半端なPCリサイクルマークに関わる最近起きた、わたしと某メーカーとのやり取りを紹介しましょう。

それは2009年6月に当該メーカーサイトから購入した液晶ディスプレイを廃棄処分する際のことです。
実はこのディスプレイ、当時はハリウッド映画やアメリカの連続テレビドラマのなかで、必ずと言って良いほど登場したベストセラー機だったんです。

そんな名機も購入から15年近く経てばご老体化するのも無理もないこと。
我が家の愛機も例外ではなく液晶画面がチラつき出し、その後電源を入れてもブラックスクリーンのままダンマリ状態。
残念ながらこの度使用に耐え難く、リタイアとなった次第です。

ご存知の通り、PCやディスプレイは自治体の粗大ゴミ回収では対象外とされ、廃棄となればメーカーか一部の家電量販店、あるいは廃棄専門業者(この場合有料のケースあり)に依頼する方法が一般的です。
わたしの場合、PCリサイクルのことを覚えていたことや長年使用した愛機ということもあり、廃棄するときはメーカーへの依頼という選択肢しか考えられませんでした(古巣に返してあげたいという親心?)。

そんな訳で、早速廃棄手続きを進めることとしたのですが、当該ディスプレイのどこを見てもPCリサイクルマークが見当たらないことに気が付きました。
そこでメーカーサイトをはじめ、ネット上で調べてみると、法律の施行後しばらくはマーク添付に関してメーカーの対応がまちまちで徹底されておらず、個人向け、法人向けでも取り扱いが異なることなどもあって、当時はアバウトなところが多々あったようです。
因みに、法人向けPCにはPCリサイクルマークは付けないとのことだったようです。

某メーカーのサイトでも、こう言った点を考慮してか、マークが貼ってないものでも、2003年以降の個人使用に限り無料と明記してあったので一安心でした。
直ぐにネット上から申し込み手続きをしました。
ところが、数日して届いた通知には、しっかりと規定の3000円プラス消費税、トータル3300円と書かれた銀行振り込み又はコンビニ払込書になっていたのです。

申し込みは、「申込者個人を特定する情報(住所、氏名など)」、「製品に関する情報(機器番号など)」そして
「支払い欄」の各項目に回答するという簡単なものでしたが、気になったのがでは「支払い欄」です。
申込書フォームの「支払い欄」はデフォルト値である「コンビニ支払」のままにしました。
なぜなら、当該サイトの支払い欄リストには「コンビニ支払」、「銀行振り込み」「PCリサイクルマークあり」の三つ選択肢しかなく(この点がとても不親切に感じたところ)、やむを得ず最初の「コンビニ支払」のまま申し込んだのですが、このことが今回のような結果を招いた原因だったようです。

払込書を見た瞬間「そんな理不尽なことはないだろう?!」と心の中では叫びつつも、冷静に対応しなければと当該メーカーのリサイクルデスクに電話で連絡しました。
結果は、あまりにもアッサリと先方が非を認め、無料にて回収対応するということで一見落着でした。

その際の先方の説明内容があまりにお粗末だったのには呆れましたが、参考までに紹介しておきましょう。
「お客様の申込に対し、当方が機械的処理を行ってしまったため、有料の通知を発送してしまいました。」とのことだったのです。
わたしの方としては、機種に関する情報を申し込みの際に明記しているので、製造年などから判断し、「コンビニ支払」とあるが当然無料扱いと判断してくれると思っていたのですが・・・
判断が甘かったようです。

もし、状況が分からず通知書に基づき、早々に払込を行ってしまっていたら、もっと厄介なことになっていた訳で、なんとも不親切な対応と感じ不愉快でした。
ただ、今回リサイクルデスクへの問い合わせに対し、先方が簡単に非を認めてくれたこともあり、メーカー名だけは伏せての投稿としました。

今回の事例で感じたのは、現在わたしたちはネット社会の真っ只中にいて、インターネットを便利な手段として活用していますが、そこには今回のような落とし穴が潜んでいるということを意識しながら利用しなければならないということです。
店頭でのショッピングのようにフェイス・ツー・フェイスの木目細かな気配りが、ネット上では期待できないということを自覚すべきなのです。
事務的でこちらが気が付かなければそれまでという危険性を常に孕んでいるのです。

昨今の宣伝、コマーシャルなどの傾向を見ても、無料とか顧客に有利な面ばかりを強調した宣伝媒体が目立ちます。
その反面、わたしたちにとって一番重要で注意しなければならない事柄が、疎かにされ片隅に追いやられているのです。
大切な事項がヒッソリと小さな文字で但し書きとして記載されているのが実状です。
これってどう考えても不自然、不親切ですよね。
「勝手に勘違いしたんでしょ」とか「ここに書いてありますよ」的な言い訳ができる宣伝やチラシが、わたしたちの周りに溢れているのです。
先日(2020年2月25日付)の朝日新聞にもクレジットカードのリボ払いの取り扱い方でトラブルが急増しているとの記事がありましたが、そこに共通するのは「いつの間にか設定」とか「カードを作るときには見落としていた」というわたしたちのスキを突くやり方です。驚きなのはこういった不埒なことが大手各社でも行われているという現実です。

PublicDomainPicturesによるPixabayからの画像

企業を信頼できない時代。
でも、それも突き詰めて考えれば人の問題に行き着きます。
オレオレ詐欺対策ではないですが、買い物するにも注意深く、賢くあらねばならない時代なんですね。
「何とも世知辛い時代にわたしたちは生きているんだな~」とツクヅク思い知らされた事案でした。
こういったことを防ぐ手段としては、言い古された言葉ですが「自己防衛」しかないのでしょうか。
くれぐれもPC、ディスプレイの廃棄の際にはご注意を!

PCリサイクルマークに関する詳細については下記サイトを参照してください。
https://www.pc3r.jp/home/pcrecycle_mark.html

<追伸>
我が家には新型、旧型や家族のものも含め、6台ほどのデスクトップPCがありますが、
そのどれにもPCリサイクルマークが見当たりません。PCリサイクル法は果たしてどうなっているのでしょうか?

<追伸2>
その後、PCのマニュアルやパッケージを調べたところ、アップルの「Mac mini」の説明書の中にPCリサイクルマークのシールが入っていることを発見しました。
製品には直接貼らず、シールを添付しているものもあるようです。

2020.03.02 JDA

昨今のネット広告に思う




ネットショッピング
ネットショッピング

かつて、ロングテールという考え方がネットのeコマースの世界で大きな役割を果たし始めたころ、私のようなマイナー志向の人間にとっては、それはそれはありがたいことに感じたものでした。

ところが、そのロングテールが本来の機能を果たしているのか疑問に思う事例をネット上で多々見かけるようになりました。
今回はそんなネットショッピングにまつわるお話、とりわけネット広告の問題についてです。

先ず、本題に入る前にロングテールという言葉について、勿論すでにご存じの方もおられるでしょうが、分からない方のためにここで簡単に説明しておきます。

図1のグラフですが縦軸を売り上げ、横軸を商品構成とした場合に、売り上げと商品構成の関係は図のような右肩下りの曲線を描きます。

ロングテイル
図1 ロングテール図

これは左側のグリーンの部分がヒット商品の売り上げであり、右側レッド部分がマイナー商品の売り上げを表しています。

そして右側の長く伸びたレッドの部分が恐竜のシッポのように見えることから「ロングテール」と呼ばれています。

従来型の実店舗の場合、この左側の20%の商品で全体の売り上げの80%を確保できていれば、まずまずの売り上げ実績と考えられ、健全な経営と判断されていました。
そして、マーケティングの世界ではこの考え方がそれまでの通説だったようです。

これがいわゆる2:8の法則(パレートの法則)というもので、「上位の2割で全体の8割を稼ぐ」というものです。

この法則はロングテールを考える上でベースになるのですが、この他にも、ネットにおけるサイトとアクセス数の関係や労働力と成果の関係など、あらゆる関係に当てはまる法則でビジネスの世界では経済動向やマーケティングの分析などに使われているようです。

そんな中、この2:8の法則という限界を打ち破り、ロングテールの部分に特に注目し大きな成果をあげたのが、ご存知Amazonに代表されるネットショップ大手だった訳です。

実店舗では物理的に不可能だったマイナー商品を、ネットの仮想店舗に陳列することにより大きな成果に結びつけたのです。
あまり売れない商品でも多くの商品を長期間取り扱っていれば実績に結びつくという現象です。

つまり、これまでの限界を打ち破り、マイナー商品でも商売(勝負)ができるということをネットの世界で証明した訳です。

購買層の薄いマニアックな商品を多種多様に取り揃えておくことは、スペースが限られた実店舗では無理であり、よって最近では売れ筋商品しか置かないという実店舗が増えたのもこうした事情を知ると頷ける話です。

そんな時代の流れの中で、私のようにマイナー志向でへそ曲がりな顧客にとっては、eコマースにおけるロングテールという考え方はとても魅力的だった訳です。
ちなみに、eコマースとは電子商取引のことです。

たくさんの時間をかけて探した挙句、その店には目的のものはなく、取り寄せを依頼し、多くの日数を費してようやく手にできる本やCDが、ネットの世界では検索で容易に見つけることができ数日で自宅に届くのですから。

これもすべてロングテールという考え方、仕組みのお陰と感謝していたのですが、最近、どうもその様子がおかしいのです。
その代表例が、これから述べる二つの現象です。

先ず一つ目は、あまり知られていないCD(ロングテールの部分に該当するような)などをネットショッピングで注文した場合、商品の到着までに多くの日数を要するようになったことです。

これまでに3~4か月待たされたこともありましたが、それでも商品をゲットできればまだ良い方で、待たされた挙句「廃盤でした」なんてことも実際にあった話です。

この原因はどこにあるのか?
私は単純にサイトのメンテナンスが充分に果たされていなかったことが起因していると思っています。

つまり廃盤商品の洗い出しやその表示、排除、また品薄商品に対するその旨の表示などが充分になされていなかったからだと思います。
依って、入手困難な商品を「イチ押し商品欄」に堂々と掲載してしまうといった失態を犯してしまうのだと思います。
これは我々ユーザーにとって甚だ迷惑な話です。

もうひとつは、既に購入済の商品にも拘わらず、お薦め商品コーナーにしつこく掲載してくる現象です。
これは恐らく昨今のネット広告の仕組みが大きく影響しているのではないかと思われます。

顧客が検索エンジンで検索したキーワードに反応してタイムリーな広告を出せる仕組み、いわゆるグーグルの「インタレストターゲティング」やヤフーの「サーチターゲティング」などの仕組みがそれです。

これらは一見便利な機能に思われますが、購入済商品を除くことができないというシステムの不充分さがもたらす弊害と考えられます。
こちらは我々にとって直接的な害はありませんが、如何にも機械的なところがバレバレで気になります。

以上のように、ネットショッピングで気になる現象は多々ある訳ですが、いずれにしてもサイト側の管理に問題があるように感じます。
これでもか、これでもかと大量の商品(情報)を一方的に押し付けるのではなく、サイト運営者側には洗練された商品、正確な情報を伝えるような工夫と努力をお願いしたいところです。

 

喋れるヴァイオリニスト千住真理子の「四季」をはじめて聴く





いくつかCDでは聴いていた千住真理子さんのヴァイオリンでしたが、今回はじめて生での演奏を聴くことができました。

当日のパンフレット
当日のパンフレット

当然のことながら、CDとコンサートホールでの生演奏とでは大きな違いがあるわけですが、彼女の演奏は思っていた以上に力強い演奏だったことがとても印象に残ります。

それともうひとつ意外だったのが、昨今の演奏家の中にあって「喋れる」演奏家だという発見です。
こんなところも彼女の魅力のひとつではと感じました。
要は、演奏はもとよりすべての面で気持ちに余裕があっての成せる業ということなんですね。

とにかく演奏家は演奏がすべてだからステージでのその他パフォーマンスは必要ないという考え方も一方にはあります。
しかしながら、曲目の解説や自身のその曲に対する取り組み方などファンとしては関心のあるところで、そんなプラスαのコメントがあると、一段とコンサートが興味深くなるのではと思ったりしています。

プロフィール
プロフィール

当日の会場を見渡せば高齢者もかなりの割合を占めていた、というよりも高齢者がほとんどだったと言った方が正確でしょうから、尚更、合間々々に説明が入るのは親切かと思います。

クラシックの演奏会はこうしたお年寄りによって支えられているのかと、改めて認識を新たにした次第です。
見方を変えれば、千住さんのキャラが高齢者のファンの心をつかんでいると言えなくもないですが・・・

いずれにしても、チョッとしたコメントが親しみやすいコンサートにしてくれるのは確かなようです。

さて、当日メインの「四季」の演奏についてですが、最近は過度にアクセントをつけた、絵画に例えるとエッジの効いたというかハイライトをつけ過ぎたような演奏が、この曲に関しては流行っているようですが、千住さんのは極めてオーソドックスな無難な演奏だったと思います。とは言え、要所要所にメリハリがありヴィヴァルディの「四季」の情感と迫力は十分感じられたものでした。

いたずらに、スピード感とダイナミックさだけを追い求めた昨今の「四季」の演奏スタイルには疑問を抱いていた私でしたので、この日の千住真理子さんの演奏には大変注目していました。
その意味で、大変に好感がもてる満足のいく演奏だったと思っています。

そう言えば以前、千住真理子さんの母親である千住文子さんが著した「千住家にストラディヴァリウスが来た日」という本を読んだことがあります。

「千住家にストラディヴァリウスが来た日」
千住文子 著「千住家にストラディヴァリウスが来た日」

ヴァイオリンの世界的名器として知られる「ストラディヴァリウス Stradivarius」。
その中でも幻のヴァイオリンと称された「ドゥランティ」と、ヴァイオリニスト千住真理子さんとの運命的な出会いから始まるこの本には、名器購入までの千住家の生々しい紆余曲折のドラマが綴られています。

億単位の買い物をするか諦めるかを決断するまでの人間の心理状況など私たち一般人では経験も想像もつかないところですが、本に書かれている以上の精神的プレッシャーだったことは間違いないでしょう。
そして、何よりも名器を手にしたいという彼女の執念と意志の強さを、読み終えて感じずにはいられませんでした。
それは、コンサート活動、講演会、ラジオのパーソナリティ、そして書籍の出版など現在の彼女の精力的な活動からも納得できるものですが、この日の演奏にもその辺りの力強さが現れていたように感じました。
恐らく、この出来事(高価な買い物をしたという事実)は彼女の生涯あるいはアーチスト人生にあって最大の分岐点になったといっても過言ではないでしょう。

これ以降、彼女の運命は大きく動き出したのです。
それがどちらの方向に動き出したのかは誰にもわからないことですが、彼女を更に力強くしたことは確かでしょう。
今後の動向を温かく見守りたいと思います。

最後に、当日共演した「スーク室内オーケストラ」についても若干触れておきたいと思います。
千住さんが「メンバーの一人一人がソリスト」とメンバー紹介していた通り、確かな技量と弦の響はとても繊細だったように思います。
特に冒頭のグリーグの「ホルベアの時代から」の5曲辺りにその繊細さと余裕を感じました。
リーダーでありコンサートマスターのマルティン・コス氏は経歴通りの実力者で、無名(知らなかったのは私だけかもしれませんが)でも、世界にはこうした素晴らしい演奏ができる人がまだまだたくさんいるんだな~と感心しました。

イ・ムジチ合奏、サンクトペテルブルグ室内合奏団、そして今回のスーク室内オーケストラといい、フル・オーケストラの迫力とはまた異なった室内合奏団の魅力にこのところハマっています。

当日の曲目
当日の曲目

ちなみに、この日のアンコール曲は、アンコール曲としては定番のフリッツ・クライスラーの「愛の喜び」でした。

パソコンからピッピッピッの警告音が・・・

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前回投稿でご紹介した我がDELLパソコン「Studio XPS 435T」のトラブル談の続きです。

あれだけの悪戦苦闘を強いられたのですから、我がパソコンは完全復活かと安心していました。
ところが、最近になってそんなパソコンも、再起動の際に正常に起動しなかったり(具体的症状は再起動を繰り返すこと)、休止状態からの起ち上げの際にはフリーズしたりと、調子がまたまたイマイチになってきたのです。

更には、電源を入れると電源ボタンのランプが点滅し(正常時は点灯状態)、ディスプレイの方は真っ黒で、Windowsは起動しない事態に。
そして、「ピッピッピッ」という単調ながらとても感じの悪い警告音だけが鳴り続けるようになったのです。(不吉な予感)

これまで、フリーソフトのダウンロード時に容量の大きいフォルダやファイルを一時的にデスクトップ上に置き、インストール後、削除等していたのですが、最近はうっかり放置したままだったので、それが頻繁に起こるフリーズの原因ではないかと軽く考えていました。

がしかし、フォルダやファイルを削除や別の場所に移動しても、症状は依然として改善されなかったのです。
焦りました。
堅牢PC「Studio XPS 435T」も「そろそろ限界なのか?」と諦めかけました。
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Windowsが起動しないことには、私として打つ手はもうありません。
このとき「これで一巻の終わりだな?」と正直なところ思いました。
そして、あの地獄のような?リカバリー作業が待っているのかと思うと、心境は最悪でした。

しかしながら、このことで復旧への希望が見えた気も実のところあったのです。
それは、警告音が鳴るときはハードウェアの差し込みが甘い場合によく起こることを、以前どこかで聞いたことがあったからです。
そのなかでもメモリーの場合が一番多いようなのですが。

早速、XPS PCの側面を開け、マザーボード上のメモリーカードスロットを確認しました。

DELL XPSの内部メモリーカード
DELL XPSの内部メモリーカード

このとき注意することは、電源ケーブルを外すのは勿論ですが、接続中の周辺機器類のコードも念のため外してから作業することです。

確認したところ、明らかに外れているメモリーはありませんでした。
一見何も悪いところはなさそうですが、そこがパソコンの微妙なところです。
面倒と思っても1枚1枚抜き差しを繰り返します。(私の場合6枚)
ちなみに、この作業はマザーボードやメモリーカード本体をぶつけたりしないよう慎重に行います。
静電気防止対策なども必要です。
余談ですが、PC内部に溜まったホコリなどもこの際掃除しておきましょう。

作業が終了したら、ケーブル類を接続し電源を入れ暫く様子をみます。
このときはワクワクドキドキ感でいっぱいです。

結果、あの不快なピッピッピッの警告音は発せられませんでした。
Windows 10も正常に起動してくれました。
暫く放置しておきましたが、その後不具合はおこりませんでした。
やはりフリーズ現象はメモリーの差し込みの悪さが原因だったようです。

それにしても、今まで正常に動作していたものが、どうして急におかしくなるのか納得できませんが、そこがパソコンという精密機械のデリケートなところなんだと、無理矢理自分自身を納得させます。
取り敢えずは解決です。

始まりは冷却ファンの暴走、そして最後はOSのリカバリー(リストア)をすることに

 

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2010年にデル(DELL)のオンライン・ストアで購入した
デスクトップPC「Studio XPS 435T」。
当初、Windows 7 Professional搭載のOSもアップグレードを重ね、
今ではWindows 10 Proに。

今回は、そんなデルのデスクトップPC「Studio XPS 435T」のWindows 10に辿り着くまでの紹介です。

Studio XPS 435T
問題のPC 「Studio XPS 435T」

実のところ、「Studio XPS 435T」はWindows 8アップグレード時点で、
メーカーのサポート対象外の扱いだったようです。
しかしながら、難なくインストールはできたのです(サポート外は後々に知る)。
そんなことってあるのだろうか?

いま思えば、確かにWindows 8アップグレード後は動きに不安定さはありましたが、それでも何とか動いてくれていました。
(Windows 8、8.1が短命だったことで、使用期間が短かったことや、影響するハードウェアが私の場合なかったのが良かったのかも知れません。)

そんなころ、ご存知のマイクロソフトによるWindows 10への移行呼びかけがPC画面上に頻繁に出るようになり、アップグレードの無償期間(*1)も設定されていたことから、しかたなく2016年の初めころにWindows 10 へアップしました。
移行後のPCの調子はマズマズだったように記憶しています。

しかしながら、そんな安定期間も長くは続かず、夏ころには冷却ファンの暴走とともにファン音が目立つようになったのです。
同時に、様々のエラーメッセージが頻繁に出るようになったのです。
調べてみると、エラーについてはWindows 10のアップグレードとは直接関係はなく、フリーソフトのインストールや削除の繰り返しなどによるファイルの一部欠損によるものではないかとの見解でした。

ところが、冷却ファンの暴走についてはネット上でも同じような事例はあるものの、見解がマチマチで決定的な解決策は見つかりませんでした。
どうやらWindows 10のある種の更新プログラムが原因のようなのですが・・・

原因はある程度絞れたものの決定打に欠け、欲求不満状態がしばらく続きました。
そんな訳で、このような状況ではイライラが募るばかり。、
精神衛生上も良くないと判断。思い切ってOSのリカバリー(リストア)を行うことを決断したのです。

先ずは必要なデータのバックアップです。
また、周辺機器(代表的なのがプリンター)などの各種ドライバの準備も事前にしておけば、後々の作業はスムーズに運びます。

私のように購入時のPCがWindows 7だった場合、当初のライセンスを活かすためには初期状態からの復元が必要で、
Windows 7→Windows 8→Windows 8.1→Windows 10という段階を踏まなければいけないので非常に厄介でした。
また、それぞれのOSの更新プログラムもその都度インストールしなければなりません。
更に、リカバリー以前入っていたアプリケーションも当然のことながらインストールすることになります。
考えただけでもゾッとしますが、快適なパソコンライフを取り戻すにはこれらの作業は避けて通れません。

このようにOSのリカバリー作業では、タップリの時間とある程度の忍耐力が必要なことを覚悟しましょう。
また、メーカーのサポートページなども充分参考にしながら作業を進めてください。
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これまでの経験から、もっとも厄介で時間がかかったのが、更新プログラムのダウンロードとインストール作業です。
古いOSほど更新プログラムが累積していてその数は半端ではないからです。(Windows7で200個くらいです。)
Windowsのインストールにかかった時間よりも更新プログラムの処理の方が大変だったというのが正直なところです。
尚、この更新プログラムの苦労談については、2015年12月20日投稿の「リカバリー後のWindows7、シャットダウン後の更新プログラムに苦しむ」の記事を参照ください。

努力の甲斐あって、リカバリー後のPCは動きも心持ち軽快でレスポンスが良くなった気がしました。
ちなみに、私の場合HDDを新しいものに交換(容量は前と同じ1TB)してのリカバリー作業でした。

こうして見事?生まれ変わったわが愛しのPC「Studio XPS 435T」ですが、そんなPCにまたまた悲劇が!
それについては次回の投稿(パソコンからピッピッピッの警告音が・・・)で。
To be continued(パソコンからピッピッピッの警告音が・・・)

*1:マイクロソフトによるWindows 10無償アップグレードは2016年7月29日まで。
但し、障がい者向けの無償アップグレードは今でも継続しているようです。

心温まるひと時 仲道郁代デビュー30周年記念 ピアノ・リサイタル





仲道郁代 30周年記念リサイタル
Ikuyo Nakamichic 当日のプログラムより

気が付けば今年も12月。
ひところの寒さは和らいだものの、冬の訪れは一歩一歩確実に近づいているようです。
思えば、こんな寒い季節になると何故かコンサート会場へ足を運ぶことが多い私たち夫婦。でも、昨日(12/3)は「仲道郁代さんのコンサート」に私一人の単独行動でした。正直なところ、私の奥さんにとっては今回のプログラム内容はハードルが高かったようです。

Ikuyo Nakamichicコンサート
Ikuyo Nakamichic プログラム内容

さて、この日のコンサート、プログラム冊子にもあるように仲道さんのデビュー30周年記念ということもあり、曲目は仲道さんの「マイ・フェイヴァリット」ソングで構成されていました。
そんな中、コンサート前半にチョットしたサプライズがありました。
それは、予定のプログラムにはなかったのですが、どうしても彼女が演奏したいということで、ピアノ練習曲としては超有名なモーツァルトの「ピアノソナタ K.545 ハ長調」の飛び入り演奏でした。
彼女の30周年記念というイベントに対する強い思い入れとファンを思う温かい気持ち(サービス精神)がこんなところにも現れていて演奏ともども感動した次第です。

Ikuyo Nakamichicプロフィール
Ikuyo Nakamichicプロフィール

一般的なクラシックのコンサートでは、演奏者がはじめの挨拶をした後は淡々と予定曲を演奏しフィナーレを迎えるというのが普通ですが、彼女のコンサートは演奏の合間に必ず楽曲の説明や、その曲にまつわるご自身のエピソードを交えてくれるのが特徴で、私たち聴衆にとっては分かり易くとても嬉しいことです。
そのため、仲道さんの演奏会は一方的にならず、打ち解けた雰囲気のまま、終始何とも言えぬ清々しさに包まれるのです。何とも後味の良い瞬間だといつも思っています。

この日も、幼少のころのショパンのポロネーズの思い出や、学生時代に練習しても練習しても上手く演奏できなかったリストの「メフィスト・ワルツ」という楽曲のことなど、貴重な体験談を聞くことができました。
仲道さんのコンサートはそんな魅力でいっぱいです。

彼女の演奏の素晴らしさは勿論のこと、彼女の人間としてのチャーミングさにも心惹かれ、次回も必ず行きたくなる、そんな演奏家のひとりです。

ちなみに、当日のアンコール曲は

  • ショパン:12の練習曲 作品10 第12曲<革命>
  • ショパン:12の練習曲 作品10 第4番<別れの曲>
  • エルガー:愛の挨拶

2016年12月3日

充実の2時間 ヒラリー・ハーン ヴァイオリン・リサイタルを聴く





Hilary Hahn
Hilary Hahn

ヒラリー・ハーンを実際に見るのは今回が初めてです。
もう彼女も30代半ばというのに、ステージに現れたその容姿はあどけなく華奢で、それでいて優雅さを感じました。

当然のことですが、見慣れたCDジャケットと同じ彼女が、目の前のステージに立っていることに何故か安心感を覚えました。
そして、あの細い身体でありながら、あの驚きのパワーはどこから来るのかと感心しました。。
そんなところが昨日のヒラリー・ハーンの第一印象でした。

Hilary Hahn ヒラリー・ハーン
ヒラリー・ハーン ヴァイオリン・リサイタル ビラ

この日のプログラムは前半がモーツァルト、バッハといった古典ものに対し、後半はガラッと変わって現代曲がならんでいます。
こうした趣向は彼女がここ数年目指している特徴で、最近のCD作品やコンサート・プログラムでも披露されているものです。

彼女がもつ完璧なまでの演奏テクニックと力強さは、私が持つCD等で十分解っていましたが、ステージでの彼女の演奏では、
更なるきめ細かさと流麗さをはっきりと聴き取ることができました。

はるか彼方から聞こえてくる微かな音が、次第に音量を増し頂点に。
それはあたかも闇の向こうから近づいてくる得たいが知れない何かのようで、実にスリリングです。
彼女の最大の聴かせどころかもしれません。
音の大小、強弱の表現が実に上手いと感じました。

また、私は音楽評論家ではないので詳しいことはわかりませんが、
メロディーを歌わせるというか、流れるような旋律の部分ではとても滑らかに流麗に弾きこなします。
その意味では、今回プログラムになかった「シャコンヌ」など聴きたかった作品です。
(2013年のコンサートでは圧巻の演奏を披露したようで実に残念。)

当日は彼女のほか、ピアノ伴奏のコリー・スマイスだけという演奏構成の上、プログラム構成もバッハ、モーツァルト作品があるとはいえ比較的マイナーな作品と現代曲という組み合わせでしたから、途中なか弛みがあってもやむを得ないところを、彼女は持前の表現の多彩さとメリハリといった演奏テクニックで乗り切ったように思いました。
例えば、予定プログラム最終曲のティナ・デヴィッドソン作曲の「地上の青い曲線」は私は初めて聴く曲でしたが、ピチカートの珍しい奏法を披露してくれるなど、見せ場をチャンと心得ていたようです。

ヒラリー・ハーン プログラム
ヒラリー・ハーン 当日の曲目

恐らく彼女はこのプログラムに自信があったのでしょう。
その証拠に、アンコール曲含め約2時間のステージはアッという間に過ぎたというのが実感でしたから。

この日のカラフルでキュートなステージドレスとは対照的に、彼女の演奏にはひやりとしたスチールの剣を思わせる輝きと、鋭さと、美しさが同居しているようで、何とも印象深い充実のコンサートでした。

2016年6月13日